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陸上競技の特性、外傷・障害について
陸上競技は走る、跳ぶ、投げるという基本的な動きにおいて速さ、距離、高さを競う競技です。様々な種類の種目がありそれぞれの種目により発生する障害や外傷は様々です。陸上競技の外傷や障害で特徴的なのが、ある動作を反復することによるオーバーユース(ストレスまたは使い過ぎ)により発症することが多いとされています。以下に種目別に多い外傷、障害をまとめています。
・短距離走
ハムストリングス・下腿後面の肉離れ、腰痛症
・中・長距離走
シンスプリント、アキレス腱炎、腸脛靭帯炎、鵞足炎、ランナー膝、腰痛症
・跳躍種目
足関節捻挫、ジャンパー膝、腰痛症、ハムストリングスの肉離れ
・投擲種目
肩関節・肘関節・手関節の外傷と障害、腰痛症
種目別に外傷、障害の特徴がある中で腰痛症はどの種目でも発症しやすいことがわかります。短距離走は瞬発系種目に位置付けられ、腰部や下肢に負担が多くかかるため腰部と下肢に外傷や障害が集中して発症します。
大学陸上競技選手を対象とした調査では、短距離での腰痛既往は約78%と報告されており高い割合で腰痛を経験していることがわかります。中・長距離選手は反復する不良姿勢が腰痛を発症する要因として挙がります。今回は短距離走、長距離走での腰痛の原因から解説していこうと思います。
腰痛の原因
体幹(腹筋、背筋)の筋力が低下していると腰部への負担となり腰痛を発症する大きな原因になります。走る動作には下肢を動かすために骨盤帯と下部体幹の安定性が必要となります。
また効率的な走る動作を行うには重心の上下の動きと左右の動きを最小とすることが求められます。身体の中心となる骨盤や体幹が不安定であると効率的な動きが難しくなり腰痛を発症するリスクも高まります。安定性を担う体幹筋にはローカルマッスルとグローバルマッスルに分かれています。
ローカルマッスルとは腹部や腰部の深層にあり腹腔内圧を高める(腹筋群の収縮)ことにより腰部や脊柱の安定性を向上させる機能を有しています。腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群、横隔膜があります。上肢や下肢を動かす前にこれらの筋が先行的に働く、無意識な筋の収縮により運動開始の準備をします。
グローバルマッスルは身体の表層にある筋肉で、力強く大きな関節運動を起こす動作において安定性が必要な場合などに働きます。大きな動きに対応する筋肉だと理解してください。
腹直筋、内・外腹斜筋、脊柱起立筋群などがあります。これらの体幹機能が低下すると動作がうまく行えなかったり、非効率的な動作となり腰部に負担がかかることにより腰痛発生のリスクとなります。
また、走る動作において最大の運動能力を発揮するためには良い姿勢、関節や筋肉の柔らかさも非常に重要になります。
特徴的な不良姿勢について解説していきます。
胸郭の可動域制限
胸椎(胸の背骨)が曲がり腰椎(腰の背骨)が前方に突き出ているような姿勢であると胸郭の可動域制限が起こり、曲がった姿勢を取りやすくなります。脊柱の後ろへの動き、横への動き、捻る動きが制限されます。
このような姿勢では胸式の呼吸となり首のまわりに付着している呼吸補助筋の活動が大きくなり、呼吸筋の疲労が早まります。さらに呼吸の中枢である横隔膜は緩んだ状態となり機能が低下します。これらが原因で長距離選手の呼吸機能の低下に繋がります。
肩甲骨の可動域制限
肩甲骨の可動域や位置も走る動作の腕を振る機能に影響を与えています。胸椎が曲がり腰椎が前方に突き出ている姿勢では肩甲骨の動きにも影響を与えます。肩甲骨周囲の筋肉が硬くなることにより腕を振る機能が低下するといわれています。
走る動作において腕を振ることは下肢の前方推進力を発揮するのに補助的に働いているといわれています。腕を振ることは走る動作において重要といえます。
骨盤の可動域制限
胸椎が曲がり腰椎が前方に突き出ている姿勢では股関節を曲げる筋肉が短縮しやすいです。腰が前に突き出ている姿勢のため股関節を伸ばす動作が難しくなります。
走る動作において腰椎が突き出ている姿勢のため骨盤は前傾(前へ傾く)し、蹴り出す動作においてさらに骨盤を前傾が強まるため腰椎に負担がかかり腰痛の原因となります。
胸椎が曲がり腰椎が平胆化している場合は、骨盤が後傾(後ろへ傾く)し大腿部の後面に付着するハムストリングスに負担を与えます。ハムストリングスが短縮することにより歩幅が短くなります。
【種目別】腰痛が起こる原因
トラック競技
短・中・長距離走
短距離走・中距離走・長距離走の中でも、腰痛になるそれぞれの原因は少し異なります。
まず、短距離走はこの中でも常にトップスピードで走るため、体に対する負担は大きいです。筋肉を瞬間的に強く動かすので、筋肉に負荷を掛けるとともに、骨にも負担が掛かります。このような負担を毎日続けていると、腰痛が出てきます。特に疲労が蓄積していると、より一層起こりやすいです。
また、短距離走で足を高く上げるには「腸腰筋」という筋肉が働いています。この筋肉は腹筋のインナーマッスルなのですが、使いすぎて疲労すると腰痛が発生するのです。
なぜなら、腸腰筋は腰の骨から太ももの骨にかけて付着しているので、疲労して血流が悪くなると痛みは腰に発生するためです。
長距離走では、また違う形で腰痛が発生します。長距離を走る場合は、長くエネルギーを使える「遅筋」が働きます。
筋肉は、性質により速筋と遅筋の2つに分けられていて、マグロのように赤身が多く、持久力に長ける筋肉を遅筋といいます。主に「脊柱起立筋」という姿勢を維持する筋肉が、長距離を走っている時に体幹を安定させて正しいフォームを維持してくれます。脊柱起立筋が疲労して働きにくくなると、フォームが崩れ腰痛が起こるのです。
中距離走の選手は、短距離走と長距離走における腰痛の特徴を、両方考えておかなければいけません。練習内容も瞬発力を鍛えるメニューと、持久力を鍛えるメニューを行いますので、両方の腰痛の発生原因があります。
ハードル走
ハードル走の場合も、短・中・長距離走と同じ原因で腰痛が発生します。その原因とともに、体を曲げる動作を繰り返すので、また別の負担が掛かります。体を曲げると、腰の筋肉が引っ張られ、それとともに骨や靱帯も引っ張られます。
マラソン競技
マラソン競技は、長距離走と同じ原因で腰痛が起こります。陸上競技の中でも、マラソン競技は長い時間と距離があります。疲れてきても、完走しなければなりません。疲れるとフォームが崩れて、腰の負担が増大して腰痛が発生してしまいます。
跳躍競技
走り幅跳び
走り幅跳びの特徴的な動きとして、ジャンプした時に体を思い切り反らし、一番高く跳んだところから急激に体を曲げて着地します。この動きは、距離を伸ばすためには理にかなったものですが、腰にはとても負担が掛かります。腰痛が発生してしまうと、この動きができなくなり、記録が落ちてしまいます。
走り幅跳びの場合、腰に負担が掛かると分かっていても、この動きをしなければなりません。腰痛を防ぐには、体の柔軟性を向上させ、できる限り腰の可動域を広げて負担を軽減させましょう。
棒高跳び
棒高跳びは、棒を使用するため腕に注目しがちですが、体幹をとても使っています。特に棒で跳び終わった後、体を回転させてからバーを越えます。この際、しっかり回転させなければバーは越えられません。何回も跳ぶ練習をしていると、全身の筋肉が疲労しますので、ケガのリスクが高まります。
走り高跳び
走り高跳びの動きは、有名な背面跳びです。バーを越える時に、大きく体を反らしますので、腰の筋肉および骨には負担が掛かります。他の陸上競技よりも、バーに当たらないよう目一杯反らしますので、何回も動作を繰り返すと腰痛が発生する可能性は高まるでしょう。
三段跳び
三段跳びの動作は、他の陸上競技と比べて特殊で、1回の力で全てを出し切る訳ではありません。名前の通り、三段階に分けて跳びますので、力が分散されます。よって、一回の力でケガはしにくいと考えられます。
しかし、動作が大きいため、バランスを崩して姿勢が乱れた状態で跳んでしまうと、ケガをする可能性が高くなります。特に3回目のジャンプ時は、ケガが起こりやすいです。試合中の場合は、それでも跳ばないといけませんので、注意が必要です。
投擲競技
ハンマー投げ
ハンマー投げは、陸上競技の中で最も腰痛になりやすい種目といえます。なぜなら、遠心力を使って投げるとはいえ、体をあれ程の力で捻ると、腰にはとても負担が掛かります。投げる瞬間だけでなく、回転している体を止める時にも大きな負担が掛かるのです。
野球や柔道、テニス、ゴルフなども体を捻りますが、それらに比べて回転数や腰に掛かる力は、大きく上回るでしょう。
やり投げ
やり投げの動作には、あまり体の捻りがないため、あまり腰痛は起こりにくいと感じます。それよりも野球選手のように肩や肘のケガが多いでしょう。しかし、投げるためには強い背筋力が必要なため、腰痛を起こすこともあります。
砲丸投げ
砲丸投げもやり投げと同じく、肩や肘のケガが多いでしょう。しかしながら、重たい砲丸を投げるためには、背筋をとても使うため、腰痛が発生する可能性があります。
また、当たり前ですが、砲丸投げは腕の筋力が不可欠です。特に腰痛になる選手は、腕の筋力がなかったり腕がうまく使えてなかったりして、発生しています。つまり、腕では投げられないため、無理に背筋を使って腰痛を起こしているのです。腰痛が起こっている場合は、腕の使い方や筋力を見直しましょう。
円盤投げ
遠心力を使って投げる種目に、円盤投げもあります。ハンマー投げのように何回も回転しませんが、体を捻りながら円盤を投げるため、腰痛が起こる可能性は高くなります。
腰痛予防、改善のために
体幹トレーニング
痛みがある場合は無理をせず症状を誘発する動作は避けるようにします。体重をかけることにより痛みが誘発しやすい場合が多く、痛みの部位に負担がかからないように行います。
まずは姿勢を正しい位置に保つことが重要です。体幹の深層にある筋肉であるローカルマッスルを働かせる必要があります。この方法にはドローインが有効です。ローカルマッスルであり腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群などを収縮させるトレーニングです。
このトレーニングの注意点として、体幹の表層に位置するグローバルマッスルが先行して収縮しないようにしてください。息をしっかり吸い込み息を吐く際には腹部をへこませながら行います。その際にはお尻の穴を締めるようにして排尿を途中で止めるような感覚で行うとやりやすいと思います。
この練習からローカルマッスルを無意識で働くようにしてまずは安静状態での姿勢の安定性を向上させていきます。次のステップとして様々な姿勢(座位、立位など)で同様に収縮練習を行い徐々に動的な練習へと移行していきます。
可動域練習、ストレッチ
胸郭の可動域制限に対しては、姿勢の改善を目的に体幹を捻る運動や体幹の側屈(横へ倒す)運動が必要となります。胸椎が曲がっている場合にはうつ伏せで肘を付き、胸を張りながら両方の肩甲骨を近づけるようにして胸椎を伸ばしていきます。
ストレッチポールの上に仰向けで乗り、胸郭を開くことで胸椎を伸ばし両方の肩甲骨を近づけるようにするのも有効です。骨盤が前傾している場合は、背中に付着している脊柱を伸ばす筋肉である脊柱起立筋や股関節を曲げる筋肉である腸腰筋のストレッチが重要となります。
脊柱起立筋は長座位で背中を曲げることや、立位で床面に向かって手を伸ばして体を曲げることで伸張できます。腸腰筋は上向きに寝た状態で足を抱え込む(反対の足は伸ばしたまま)ことで伸張が図れます。
骨盤が後傾している場合には、大腿後面に付着している股関節を伸ばす、膝関節を曲げる作用のあるハムストリングスのストレッチが重要です。ハムストリングスは長座位で体を曲げる、立位で体を曲げるなど大腿後面が伸張されるように行います。これらの方法で腰痛が誘発する場合には行わない方がいいです。
<参考文献>
・臨床スポーツ医学編集委員会(2015年)スポーツ外傷・障害の理学診断理学療法ガイド 7.陸上競技 p.508-515 光文社
・齋藤義信ら(2004年)「大学陸上競技選手の腰痛に対するストレッチングの効果
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・舌 正史 (2016年)「頸部・体幹のスポーツ障害における臨床推論
陸上競技における頸部・体幹の障害の理学療法における臨床推論
理学療法 Vol.33 No.10 」 メディカルプレス
・齋藤義信ら(2009)「腰痛を有する大学陸上競技選手の身体的特徴」
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・髙妻雅裕(2001)「陸上競技におけるスポーツ理学療法」理学療法
・大森 圭(2017)「スポーツ理学療法におけるコアスタビリティトレーニングの実際
陸上走競技におけるコアスタビリティトレーニングの実際
理学療法 Vol.34 No.11」 メディカルプレス