重いものを持ち上げたり、中腰姿勢をとったり、日常生活には腰痛を引き起こす様々な要因が潜んでいます。
なかでも仕事が原因で腰痛を起こすことも多く、「職業性腰痛」という名称で呼ばれることもあります。職業性腰痛の発生頻度は高く、厚生労働省の調査によると、4日以上休業を要する疾患の約40%を腰痛が占めているのが現状です。もしかしたら、みなさんの腰痛も仕事が原因で起きているのかもしれません。
たくさんの日本人を悩ませる職業性腰痛ですが、その大部分は職場の環境を整えることで予防や改善が可能です。本記事をご一読いただければ、具体的な職場における腰痛対策を理解することができます。「仕事が原因の腰痛かも」と、心当たりのある方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
職業性腰痛とは?
職業性腰痛の概要
職業性腰痛とは、各種の仕事が原因で起こる腰痛の総称です。
例えば、業務中に重量物を運搬することで腰への負担がかかり腰痛を発症するケースや、毎日の中腰作業が原因で腰痛をきたす場合など、それぞれの職業における日常動作に起因します。
職業性腰痛は、その発症経過から更に2種類に区分されます。すなわち、「災害性腰痛」と「非災害性腰痛」の 2つです。
災害性腰痛は、業務中の負傷による突発的な腰痛を指します。例えば、介護士の方が肥満患者のベッド移乗をしている際に、ぎっくり腰を発症するケースなどが該当します。
一方、非災害性腰痛は、業務による慢性的な腰への負担が原因で発症するもので、災害性腰痛のように「この業務が原因で腰痛になった!」と断言できないことが多い特徴があります。介護士の例を挙げるなら、日常的な患者の介護が原因で腰に疲労が蓄積し、いつからか腰が重く感じるケースなどが当てはまるのです。
職業性腰痛の問題点
職業性腰痛における最大の問題点は、「腰痛を抱えているけれど、その原因が業務にあると認定されにくい」ことにあります。
「作業中の落石が腰に直撃した」というケースであれば、明らかな職業性腰痛ですし、労災認定もスムースでしょう。しかし、大半の場合は、腰痛の原因を断定することは難しく、慢性腰痛の大部分は職業性腰痛と認定されないことが多いのです。
この事実は、重量物を扱わない労働者にも、腰痛が発生している事実からも明らかです。職業性腰痛と認定されていないだけで、実は腰痛の原因が仕事に起因する方は日本中にいるのです。
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また、職業性腰痛は、企業の生産性を低下させる要因の一つになります。すなわち、腰の痛みのために働けないことで、企業の売上やサービスの質の低下につながるのです。
加えて、職業性腰痛は医療経済を圧迫する大きな原因にもなります。腰痛治療に対する費用として、毎年多大な医療費が捻出されているのです。厚生労働省も「職場における腰痛予防対策指針及び解説」に沿った腰痛予防を進めていますが、まだまだ効果に乏しいのが現状です。腰痛は一度発症すると慢性化することも多いので、患者さんにとっても経済的観点からも、腰痛は予防することが重要なのですね。
職業性腰痛の頻度
幸いなことに、職業性腰痛の頻度は年々、減少傾向にあります。しかし、その数はまだまだ多いのが現状です。「平成30年 業務上疾病発生状況」(厚生労働省)によると、休業を4日以上要する疾患のうち、災害性腰痛は全体の約60%を占めることが分かっています。また、近年の発生件数も横ばいで推移しており、再び増加に転じることが懸念されています。
仕事別の職業性腰痛の発生頻度としては、保健衛生業が全業種の約3割を占め、圧倒的な第1位です。原因としては、看護師・介護福祉士の介護業務が、腰へ大きな負担をかけていることが推測されます。そして、2位の商業・金融・広告業、3位の製造業、4位の運輸交通業が保健衛生業に続く形になっています。
「平成30年 業務上疾病発生状況」には、「腰痛の時間別発生状況」という項目もあります。ここを見ると、腰痛の起きやすい時間は「午前 8~11 時の3時間」、曜日としては「月曜日が最多で、2番目が火曜日」という事実が分かります。原因としては、休み明けの筋肉が仕事に順応しきれていないことが推測されます。ちなみに、発症年齢は若年層から高齢層まで差がなく、性別は男性が女性の約4倍という結果も示されていました。
職業性腰痛の予防
職業性腰痛を予防する上で大切なのが「労働衛生の3管理」です。労働衛生の3管理は、労働者が健康的に仕事に取り組めるよう定められた考え方で、1.作業管理、2.作業環境管理、3.健康管理の3要素から成っています。
それぞれの要素ごとに注意すべきポイントを理解することは、職業性腰痛の予防に大いに役立ちます。順番に解説していくので「毎日の仕事で腰に疲労がたまっている」「自分の職場は大丈夫か?」と気になる方は、ぜひご一読ください。
作業管理とは?
作業管理の具体的な項目には、作業姿勢や動作、作業の省略化、休憩と作業量の配分、作業時の服装などが該当します。
なかでも、「作業の省略化」は腰痛を予防する上で欠かせない項目になります。例えば、重量物の運搬や中腰での作業など、腰への負担が大きい作業を機械で自動化すれば、腰痛を未然に防ぐことが可能です。しかし現実的には、機械の導入には大きなコストを伴うため、台車などの補助機器を使うなどして、極力労働者の負担を減らす工夫が必要です。
また、「作業姿勢」と「作業時間」も腰痛とは深い関わりがあります。作業台やイスの高さを適切な位置に調整したり、仕方なく中腰姿勢をとる場合は、作業時間と頻度を減らしたりするだけで、腰への負担もかなり軽減できるはずです。また、「作業時間」を設定する場合は、個人個人の特性や技能レベルを考慮して時間を設定することが重要です。交代勤務性の職場の場合は、夜勤の勤務時間を日勤よりも短縮するなどの配慮も大切になります。
作業管理環境とは?
作業環境管理には、仕事場の温度や照明、床の状況、設備の配置などが該当します。
腰痛持ちの方であれば、「冬場の寒さが腰にこたえる」と感じかこともあるかと思いますが、寒冷場所での仕事は腰痛を悪化させるだけでなく、新規の腰痛も発生させやすいのです。そのため、仕事場の適切な温度管理も、腰痛対策には欠かせないのです。
また、仕事場の足元の環境も見重要なポイントになります。不安定な足場や滑りやすい床での作業は、いつもとは異なる筋肉の使い方につながります。結果、腰周囲の筋肉が疲労しやすく、腰痛へと発展する可能性があります。
仕事に取り組む前に、まずは作業環境を整えることを意識すれば、腰痛を未然に防ぐことができるのです。
健康管理とは?
労働者自身の健康管理も労働衛生に含まれています。
職場には必ず「産業医」と呼ばれる医師がおり、労働者の健康を管理する業務を担っています。腰に著しい負担がかかる作業に従事する場合は、作業前に医師による健康診断を受けることで、仕事が可能な腰の状態かをチェックすることができます。また、腰痛は一度治っても再発する可能性の高い疾患です。定期的に産業医の診察を受けることで、再発の予防策や、ストレッチなどの腰痛体操などの対処法も教えてもらえるでしょう。
また、近年では腰痛を引き起こす原因として、心理的要因が注目されています。産業医との面談を通して、こころのケアを行うことが腰痛の緩和につながることも多いのです。
自分の体のことを一番よく知っているのは自分自身です。職業性腰痛に関する不安や疑問があれば、一人で抱え込まずに産業医への相談も検討してはどうでしょうか?
まとめ
日常生活の様々な要因が腰痛を引き起こしますが、なかでも「仕事」は、腰痛との関連が深いことが知られています。裏を返せば、仕事における腰痛対策を徹底すれば、みなさんの腰痛も予防や改善が見込めるということです。
みなさんの腰痛も、もしかしたら仕事に起因する「職業性腰痛」かもしれません。本記事を参考に、ご自身の仕事内容や職場環境を見直してみてはいかがでしょうか?
【参考文献】
米満 弘之 , 井本 岳秋(1992)「総合リハビリテーション 20巻 5号 職業性腰痛」 医学書院
【参考】
日本整形外科学会