「椎間板性腰痛」という言葉を聞いたことはありますか?全く知らないという人も少なくないと思いますが、腰痛を理解する上で非常に重要な病態です。なぜなら、いわゆる非特異的腰痛という患者群には相当数の椎間板性腰痛患者が含まれている可能性があるからです。
腰痛は必ずしも診断・治療法が確立されていない疾患であるがゆえ、痛みの原因を理解できず、対処法がわからぬままに不安や恐怖感で慢性化への道をたどる患者さんもいます。症状が出現してからなるべく早い段階で原因に気づくことが改善への第一歩であり、そのためには腰痛が起こる仕組みに関する知識をもっておくことが重要です。そこで今回は、椎間板性腰痛に焦点を当て、原因や治療法を紹介していきます。
目次
椎間板とは
椎間板とは、背骨ひとつひとつの間に存在する組織であり、内側の髄核とそれを取り巻く線維輪から構成されています。髄核はゼラチン状の柔らかい構造物であり、これが線維輪を押し出す、もしくは突き破ってしまう病態が椎間板ヘルニアです。
線維輪は10~20層の軟骨が輪状に重なったものであり、水分を多く含みます。この水分が脊柱の運動や荷重によって内外へ出入りすることで椎間板自体が変形し、さまざまな方向への衝撃を吸収することができます。
椎間板性腰痛の症状
椎間板性腰痛とは、「椎間板を構成する線維輪、髄核、あるいは椎体終板(背骨と椎間板の間にある軟骨)での神経終末が刺激されて生ずる腰痛」と定義されます。簡単に、椎間板に負担がかかり損傷することで生じる腰痛と捉えても差し支えありません。前屈位や座位で腰痛が出現、あるいは増強する場合は椎間板性腰痛の疑いがあります。急性の腰痛の場合、時間経過と共に自然に痛みが治まっていく場合がほとんどですが、中には腰痛が慢性化してしまうケースがあります。医師は、このような慢性・難治性の腰痛を椎間板性腰痛と診断して扱うことが多いです
椎間板性腰痛の病態
なぜ痛いのか
正常な椎間板は、表面にしか神経が通っていないため負荷が加わっても痛みを感じることは少ないです。しかし、線維輪に亀裂が入ったり、断裂したりすると、損傷した部位を修復しようとする炎症反応が起こり、痛みの素となる物質が産生されます。
これが神経を刺激することで、腰痛として症状が出現します。また、椎間板が損傷すると深部にある髄核にも神経が侵入し、普段痛みを感じるはずのない組織が痛みを感じるように変化してしまいます。
このように変化してしまった椎間板において、神経が通う部分にまで断裂によるダメージを受けると、急性の腰痛が出現すると考えられています。
椎間板ヘルニア患者の初発症状が急性腰痛であることが多いことからも、椎間板が断裂すれば激しい腰痛を起こすことは明らかと言えます。断裂した部分はすぐに自然治癒するため一定期間を経て腰痛は治まることが多いです。
しかし、治りかけの部分に再度負担がかかれば再断裂し、腰痛が改善する経過中に複数回増悪することも少なくないです。そのため、いわゆるぎっくり腰とも関連が深いと考えられています。なお、MRIなどの画像検査でも、椎間板の損傷を見つけられない場合もあります。
なぜ椎間板は損傷するのか
加齢による変性
椎間板性腰痛は、繰り返しのストレスによって椎間板の形が崩れることや、断裂することで発生します。実は、腰椎の椎間板は青年期から断裂、変性という変化が始まることが報告されており、加齢と共に椎間板の水分が失われることが原因と考えられています。
椎間板内圧を高める動作を行っている
椎間板内圧を高める動作の繰り替えしがこのような変化を助長している可能性があります。椎間板内圧とは、文字通り椎間板にかかっている圧力のことで、荷重や水分量によって変化します。
基本的にはこれが高いほど椎間板に負担がかかっていることを示しており、椎間板性腰痛と密接に関係しています。椎間板内圧は、仰向けで寝ている状態が最も低く、ついでうつ伏せ、横向き寝、立位、座位の順に増加し、前屈位することで更に高まってしまいます。
座ったまま長時間運転するタクシードライバーや、前屈位で作業することの多い農家の方に腰痛症が多い理由は、椎間板内圧を高める姿勢や動作を日常的に繰り返しているからと言えます。
回旋ストレスが加わっている
椎間板は脊柱にかかる荷重を分散させる役割を果たすだけあって、上下からの圧迫に強い構造をもっています。しかし、回旋ストレスに非常に弱く、2~3度捻じれると破綻するとされています。回旋ストレスは、勢いよく体をひねったり、重い荷物をもったまま動いたりしたときに生じます。
椎間板性腰痛の治療法
運動療法
慢性腰痛に対する運動療法は一定の効果があると考えらており、慢性椎間板性腰痛患者にとって重要な部分を占めています。前述した3つが椎間板損傷の原因ですが、加齢による変性を食い止めようとするのは困難なため、椎間板内圧の上昇と回旋ストレスに気をつけることが重要です。
そのためには、腰だけでなく背骨全体や股関節などの他の関節にも目を向けることが重要であり、可能であれば理学療法士の協力が望ましいです。
椎間板内圧の上昇
椎間板内圧が急激に上昇するとされる体幹前屈位の制限、および荷物をもつ動作の改善は、椎間板性腰痛や腰椎椎間板ヘルニア患者の生活指導において最重要項目です。
しかし、生活の中で前屈や荷物運びを完全に制限することは、現実的に考えて不可能です。そのため、なるべく椎間板内圧を高めないように動作を行うことが求められます。
例えば、背骨が背中側に凸状に弯曲した状態(いわゆる猫背)で前屈したり、荷物をもったりすると、腰痛の発生率が著しく上昇します。そのため、椅子から立ち上がるときは骨盤を立て、背筋を伸ばした状態で前屈をする、床から物を拾うときは膝を曲げる、荷物をもつときはスクワットをするときのように、腰椎の過剰な弯曲を起こさずに行うなどの工夫が大切です。
回旋ストレス
椎間板は回旋ストレスが加わると簡単に損傷してしまいます。しかし、腰椎の関節は構造的に回旋しにくくできており、体をひねる動作には胸椎や股関節の動きが大きく貢献しています。
すなわち、健常人が体をひねるときは腰椎をほぼ動かさず、胸椎や股関節を動かしているため、腰椎の椎間板には回旋ストレスが加わりにくいのです。
一方、胸椎、股関節が硬ければ、可動性の少ない腰椎が代わりに回旋を担うことになり、椎間板に回旋ストレスが加わることになります。そのため、胸椎、股関節の回旋方向の可動域はチェックしておきたいポイントのひとつであり、必要に応じてストレッチを行うべきです。
薬物療法
鎮痛薬や、抗うつ剤、麻薬性鎮痛薬など多彩な薬剤が適応になりますが、長期投与に伴う副作用に注意すべきです。
椎間板ブロック
椎間板ブロックは、椎間板に局所麻酔剤などを注入する治療法です。診断にも用いられますが治療としても有効であり、炎症を抑える効果が期待できます。
手術療法
保存治療が無効な場合は脊椎固定術を検討します。脊椎固定術は、移植骨、人工骨、スクリューやプレート等を使用して脊椎を固定することで安定化を図る治療法です。
まとめ
椎間板性腰痛は、椎間板が損傷することで生じる腰痛です。非特異的腰痛という患者群には相当数の椎間板性腰痛患者が含まれていると言われており、医師に診断名をつけられた患者は氷山の一角にすぎません。心当たりがある方は、椎間板内圧を高める動作や回旋ストレスが加わる動作に注意しながら生活することをお勧めします。
【参考文献】
1)成田崇矢編:脊柱理学療法マネジメント 218-240,2019.
2)診断のコツ 腰椎 椎間板性腰痛の診断と治療 青木保親ら 2016