脊髄腫瘍と聞いてもぴんと来ない方が多いのではないでしょうか?簡単にいうと脊髄にできる腫瘍(できもの)のことをいいます。
脊髄腫瘍とは、脊髄およびその周囲の組織にできる腫瘍のことです。脊髄、神経根(しんけいこん)、脳脊髄を包む硬膜(こうまく)、さらにその周囲の脊椎から発生するものを総称しています。
脊髄腫瘍は1/10万人程度の割合で発症し、他の腫瘍に比べるととても珍しい病気です。
そんな脊髄腫瘍の原因や症状、病態についてお伝えしていきます。
目次
脊髄腫瘍とは
脊髄内に発生した腫瘍やクモ膜・硬膜(こうまく)・神経鞘(しんけいしょう:神経を保護する膜)、さらに脊柱管内の軟部組織や椎体に発症した腫瘍によって、脊髄や神経根が圧迫される病気のことを脊髄腫瘍といいます。
脊髄腫瘍は大きく分けて、硬膜内髄外腫瘍・髄内腫瘍・硬膜外腫瘍の3つに分類されます。
硬膜外腫瘍
硬膜の外側にできて硬膜の外から脊髄を圧迫するものを硬膜外腫瘍といいます。硬膜外腫瘍は脊髄腫瘍全体の約15%を占めています。
硬膜外腫瘍の中で最も多いのが転移性腫瘍(悪性)といわれています。これは、体内の他の場所の腫瘍からの転移により起こるものです。脊髄を破壊しながら増大することで、脊髄を圧迫していきます。背中の強い痛みで原発より先に硬膜外腫瘍が発見されることも多々あります。基本的には原発巣のコントロールが優先されますが、硬膜外腫瘍による症状が強い場合には手術を行う場合もあります。しかし、すでに転移による腫瘍のため手術は行わないことのほうが多いです。
原発性腫瘍では、神経鞘腫・血管腫・脂肪腫・血管脂肪腫などが多くみられます。
硬膜内髄外腫瘍
硬膜の内側で脊髄と硬膜の間に腫瘍ができ脊髄を圧迫するものを硬膜内髄外腫瘍といいます。一般的に最も多い脊髄腫瘍で、脊髄腫瘍の約70%を占めています。その多くは脊髄神経根から発生するシュワン細胞腫(神経鞘腫の一種)、硬膜から発生する髄膜腫などがあります。主に良性腫瘍(りょうせいしゅよう)です。
また、髄膜腫は硬膜から発症し、腫瘍の増大とともに脊髄を圧迫します。原則的に手術を行い、摘出すれば再発リスクも低いのです。
髄内腫瘍
髄内腫瘍は脊髄の中から発生する腫瘍であり、脊髄腫瘍全体の5~15%と発生頻度は低いです。
星細胞腫(せいさいぼうしゅ)・上衣腫(じょういしゅ)・血管芽腫(けっかんがしゅ)・海綿状血管腫(かいめんじょうけっかんしゅ)などがあります。
主に上衣腫(じょういしゅ)と星細胞腫(せいさいぼうしゅ)の2つが大きな割合を占めており、総称して神経膠腫(しんけいこうしゅ)と呼ばれます。神経膠腫は脊髄組織を形成する神経膠細胞から発生します。脊髄の内側より発症し、周囲の脊髄組織にも浸潤するため腫瘍と脊髄の境界線が不明瞭です。
ほとんどが良性ですが中には悪性も場合もあり、悪性の場合は治療できず、予後不良です。手術で全摘可能なものもあればそうでないものもあり、摘出できたとしても星細胞腫は再発のリスクも考えられます。
脊髄腫瘍の症状
脊髄腫瘍は主に良性のものが多く、緩やかに症状が進行します。最初に手足の感覚異常やしびれなどが出現し、徐々にそれが強くなり局所的な痛みが出るようになります。腫瘍の増大とともに痛みから麻痺に変わり、さらに進行すると神経を圧迫し排泄機能にも異常をきたします。
悪性の場合は、急激な腰痛や背部痛で気づくことが多く、手足のしびれや痛みを伴います。また、脊髄腫瘍のできる部位によっても症状はそれぞれ異なります。
頸部に腫瘍ができた場合:肩や手の痛み・ぎこちなさ・しびれが出ることが多いです。
背部に腫瘍ができた場合:背部痛・両下肢の筋力低下・しびれが出現します。
腰部に腫瘍ができた場合:足の痛み・下肢筋力の低下・しびれが出たり、頻尿(ひんにょう)になったり、尿の出が悪くなることもあります。
これらの症状は、活動時に出現することが多いですが、症状の進行とともに安静時でも症状が現れるようになります。症状は年単位で徐々に悪化していきます。
脊髄腫瘍の治療法
脊髄腫瘍の治療としては放射線や手術といった方法があります。
腫瘍の摘出が可能なものとそうでないものがあり、治療法は腫瘍の性質によっても大きく異なります。
上衣腫の場合
上衣腫の場合、手術が選択されます。手術用の顕微鏡を用いて手術を行い、腫瘍の全摘あるいは亜全摘が可能です。部分摘出の場合、手術後に放射線療法を追加で行う場合もあります。
星細胞腫の場合
星細胞腫は、正常な脊髄組織との境界線が不明瞭なことが多く、顕微鏡を用いた手術でも全摘出を行うことは困難な場合が多く、できるかぎり腫瘍の摘出が行われます。術後に放射線治療や化学療法を追加します。
血管芽腫の場合
血管芽腫は、顕微鏡下の手術において腫瘍を全摘出することが可能です。
海綿状血管腫の場合
海綿状血管腫は、髄内の出血による症状が出現している場合には顕微鏡を用いて手術を行います。
転移性髄内腫の場合
転移性髄内腫は、基本的には原発の腫瘍があり、転移により髄内に腫瘍を認めるため手術を行わない場合がほとんどです。腫瘍の圧迫により症状がひどい場合には手術で圧迫を解除する場合もあります。しかし、基本的には手術は行わず放射線治療を行います。
ただし、手術を行うというのは簡単ですが、実際には脊髄や脊椎など神経が通っているため簡単な手術ではありません。
手術後の合併症があることも十分に知っておく必要があります。
手術後の合併症として、神経損傷・髄液漏れ・感染・出血・肺塞栓症などが挙げられます。また、術前にあった症状(痺れ・ふらつき・筋力低下・痛みなど)が術後に悪化することもごく稀にあります。基本的には、術前の病気の経過が短い方のほうが回復は早いといわれていますが、個人差があります。これらのことを知った上で手術考慮することが大切です。
ナノ粒子を用いた脊髄腫瘍の最新治療研究
ここで脊髄腫瘍に対する新しい治療方法として研究されている、ナノ粒子をもちいた化学療法についてご紹介します。現在、ほとんどの髄内腫瘍の治療は外科的な生検や切除が積極的に行われています。
しかしながら、一部の髄内腫瘍の手術では脊髄と腫瘍境界が不明瞭で、神経を傷付けずに剥離するのが困難です。したがって、全摘出できない腫瘍も多く、その場合には放射線療法や化学療法も追加で用いられます。
放射線療法は特に小児において、放射線壊死、脊髄症、発達奇形、成長障害、血管障害、正常細胞の変化などの副作用が多く報告されています。放射線療法の30年後に二次腫瘍を発症するリスクが最大25%に達するという報告もあり、被爆による影響も疑われているようです。
また化学療法にも、血液脳関門によって浸透性しにくく、がん細胞だけではなく正常細胞にも影響するため、全身毒性が強いという欠点があります。私たちの脳や脊髄の周りは血液脳関門という組織液が満たされており、これによって血液と物質交換できます。血液脳関門のおかげで、中枢神経は有害物質からバリアすることができるのですが、腫瘍への化学療法ではこれがネックになってしまうということです。
そのため、従来の治療に代わる方法として、磁場によって誘導されるナノ粒子を用いた新規治療が研究されています。2) この治療の概要を説明すると、磁力の力で腫瘍に局所的に化学療法薬を伝達することができ、薬による副作用や全身毒性をより少なくしようというものです。
まず化学療法薬のドキソルビシンを金属粒子と結合させることで、磁性ナノ粒子を作成します。これを標的の部位へ磁力によって運び、薬の効果を限局的に伝えることができます。
イリノイ大学の研究チームは、人間の髄内脊髄腫瘍を移植したマウスを用いて背中の皮膚に磁石を埋め込みました。そして、腫瘍近くの脊髄内に磁性ナノ粒子を注入したところ、ナノ粒子は磁石に引き寄せられて、患部に誘導されていきました。
実験の結果としては、化学療法薬ががん細胞の局所的に存在することが証明でき、治療方法として期待できるということが証明されています。また、腫瘍の細胞はドキソルビシンによって死滅し、かつ健康な脊髄細胞への影響もありませんでした。もっとも今回の研究では1匹のマウスでしか、この治療を試すことができていなく、より進んだ研究ではこれ以上のサンプル数が必要になりそうです。
より多くの症例での実験を重ねることで、腫瘍の増殖速度の低下や神経学的腫瘍の増殖速度の低下、神経学的障害の発症の予防、および生存期間の改善に対する治療の効果を評価することが現在の課題とされています。
しかしながらこの実験で、腫瘍部位に限定的に化学療法薬の濃度を高めることができ、全摘しきれなかった脊髄腫瘍の治療の有効性と安全性を向上させる可能性があるという証明ができたことはとても大きい成果です。これまで治療が困難とされていた、脊髄髄内腫瘍への新たな治療として大いに期待できそうですね。
まとめ
脊髄腫瘍は珍しい病気で、頻度としても他の腫瘍に比べると圧倒的に少ない腫瘍です。基本的には良性の腫瘍なことがほとんどですが、中には悪性腫瘍も潜んでいます。
また、首から腰までの脊髄のどこに腫瘍ができるかによっても症状や治療方法は大きく変わってきます。さらに腫瘍の種類によっても治療法は変わります。
腰痛や背部痛・頸部の痛み、手足のしびれや動かしにくさなど何か症状に気づいた際には、なるべく早めに受診するようにしましょう。
《参考文献》
・病気がみえる 運動器・整形外科 メディックメディア
・脊椎脊髄ハンドブック 三輪書店
・整形外科疾患ビジュアルブック 学研メディカル秀潤社
・これならわかる!整形外科の看護ケア ナツメ社