転移性脊椎腫瘍はがんが背中の骨に転移することにより、激しい腰痛や背部痛をきたす疾患です。がんで亡くなる症例の中には全身の骨へ転移するものも少なくないですが、その中で最も多いのが背中の骨、すなわち脊椎への転移で、激しい腰痛が特徴的です。今回は転移性脊椎腫瘍についての症状や診断・治療など基本的な知識を解説したいと思います。
目次
激しい腰痛が特徴の転移性脊椎腫瘍とは
転移性脊椎腫瘍は、脊椎に転移した悪性腫瘍で、中高年に多くみられます。がんの骨への転移は血行性に生じると考えられており、発生した場合には臨床後期Ⅳ期、末期のがんであるとされています。
転移部位は腰椎、胸椎、頸椎、仙骨の順に多く、四肢や末梢骨への転移はまれです。1) したがって、患者さんの訴えとして最も多いのは腰痛であり、骨転移の場合は複数の病巣への転移があることが多いです。つまり、がんが骨に転移しているときには、体のどこにがんが転移していてもおかしくないということですね。
原発巣としては、肺がん、乳がん、前立腺がん、胃がん、甲状腺がん、腎細胞がんなどが多いです。乳がんや前立腺がんは75%、肺がんや甲状腺がんは50%に骨転移がみられるというデータもあります。1)。
病態としては元のがん細胞が脊椎に運ばれ、そこで増殖して骨を破壊します。破壊された骨が体の荷重を支えきれなくなると骨折が起こり、骨折した骨片や増殖した腫瘍によって脊髄が圧迫されると麻痺が起こります。
この病気の問題点は、進行すると腰痛などの激しい痛みや四肢の麻痺、それに伴う日常生活の困難さなどが生じ、患者さんにとっては非常に負担の大きい病気であるということです。
また、一度発症するとほとんどの場合、完治せず長く腰痛に悩まされる病気であるということも難点です。
転移性脊椎腫瘍の症状
転移性脊椎腫瘍の症状として最も多いのは腰痛やしびれですが、病気の初期段階ではしばらく症状がないこともあります。初回診断時の27〜60%が無症状であるという報告もあるほどです。1) そのため病院へ受診した時にはすでに病気が進行していることもある恐ろしい疾患でもあります。
脊椎腫瘍では、腫瘍によって骨が破壊されることで、支持力が失われ、神経が圧迫されるという一連の流れが起きます。この病気の特徴は、安静にしていても改善しない痛みが徐々に増し、やがて夜間にも腰痛などの痛みを感じることです。
症状は部位によっても異なり、頸部腫瘍では主に首、肩、腕に痛みとしびれを生じ、胸部腫瘍では側胸部痛、腰痛、上腹部の痛みの後に脊髄症状が生じることが多いです。腰椎腫瘍は腰痛、下肢の痛みやしびれを伴うことが多く、腰椎椎椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症と誤診されることもあります。脊髄症状には下肢の運動障害や感覚障害などがあり、進行すると完全な麻痺に至ることもあります。
転移性脊椎腫瘍の診断
現在がんに罹患している人や過去にがんに罹患したことがある人に腰痛や骨の痛み、腫れが生じた場合、骨転移の有無を評価し他の部位への転移も考慮し全身検索を行います。一方、原発腫瘍が不明な場合は、転移の病理組織学的所見や各種画像検査を用いて、原発腫瘍の検索を行います。
画像検査でまず行われるのがレントゲン検査です。また放射性トレーサーを用いた骨シンチグラフィは、骨格全体を一度に評価することができ、単純なレントゲンでは見えない腫瘍を発見するのに役立つ場合もあります。
この検査が疑わしい場合は、MRI、CT、PETなどの他の画像検査を行い評価します。特にMRI検査は90%以上の確率で診断できるとも言われています2)。また、体内の他の骨に転移がないかどうかを調べるために、骨シンチグラフィ検査を行うこともあります。このように複数の検査を組み合わせることで、転移性骨腫瘍を高い精度で診断できます。
他の検査として血液検査でカルシウムや骨代謝マーカーを測ることもあります。カルシウムを測る理由としては、骨転移が存在する方には高カルシウム血症がみられることもあり、ときに意識障害など緊急的な症状を起こすこともあるからです。また骨代謝マーカーは骨転移があると上昇がみられるため、病気の指標となります。
転移性脊椎腫瘍の治療
治療は、原発がんに対しては化学療法やホルモン療法を基本としています。転移した脊椎腫瘍に対しては、腫瘍の種類や職業部位、病期などを総合的に判断して、手術と化学療法や放射線治療などの補助療法を組み合わせた治療を行います。治療の効果は骨に転移したがんの種類によって異なり、がんの種類によっては化学療法に反応する人もいれば、放射線治療に反応する人、両方に反応する人、どちらにも反応しない人がいます。
脊椎がもろくて体を支えることができない場合や、手足が動かない場合、他の治療法の効果がない場合、転移が限られていて治療が成功により長期に渡って生存できる場合などには手術が行われることもあります。
手術方法は大きく分けて2つあります。
一つは、腫瘍をそのままにして、折れた支柱で安定させて腰痛などの痛みを改善させる方法。もう一つは、支柱を安定させることに加えて、腫瘍全体を切除する方法です。後者の方がより根治的な治療法ですが、腫瘍の摘出は大掛かりな手術であり、患者さんにとっては非常に侵襲的な手術です。
また治療の目的の1つとしては、骨組織の損失を最小限に抑え痛みを和らげることが挙げられます。骨組織の喪失は腰痛など痛みの原因となり骨折しやすくなるため、手術や化学療法放射線療法によって最小限に抑えることも重要です。
症状を評価する徳橋スコアとは
転移性脊椎腫瘍の治療方針を決める指標として“徳橋スコア”というものがあります。
患者さんの状態をいくつかの質問で数値化し、その合計点に応じて患者さんのだいたいの余命がわかるといわれています。
「徳橋スコア」では
・全身状態
・脊椎以外の骨転移の数
・脊椎転移の数
・原発巣の種類
・主要臓器への転移の有無
・麻痺の状態
などの複数の項目で評価を行い、余命が①半年未満、②半年以上1年未満、③1年以上の3つに大別され、それぞれの状態に合った治療を行います。
例えば、脊椎腫瘍の患者さんに手術を行う場合、徳橋スコアが半年以上であれば手術の適応となりますが、外科的手術は患者さんへの負担がとても大きいので、手術を行うか行わないかの判断は慎重に行う必要があります。
徳橋スコアがあることにより治療法を素早く選択することができるため、日本のみならず海外でも使用されています。
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骨粗鬆症の薬が転移性骨腫瘍に有効
最近では、転移性脊椎腫瘍を含む骨を破壊する腫瘍に対して、骨粗鬆症の代表的な薬であるビスホスホネート系薬剤が標準的な治療法となっています。ビスホスホネート系薬剤は、骨吸収を抑えて骨の成長を促進し、腫瘍が骨を破壊するのを防ぐ効果があります。
先ほどお伝えしたように、がん細胞には骨吸収を増加させる機能があります。骨からカルシウムが放出されることで、高カルシウム血症を引き起こす可能性もあり、多発性骨髄腫や肺がん、乳がんなどに見られることも多いです。
骨吸収が促進されると骨がもろくなり、骨折や腰痛などの痛みの原因になります。ビスホスホネートは、骨を破壊する破骨細胞に取り込まれ、破骨細胞の自壊や機能低下を誘導して骨吸収を抑制します。そのため、腰痛など骨の痛みを軽減したり、骨折などの骨病変を予防したりできます。
ガイドライン上でも特に肺がん、乳がん、前立腺がん、多発性骨髄腫などの転移に対して、グレードAという非常に高いエビデンスで効果が実証されています。1) 一見関係のない病気である骨粗鬆症の治療薬でも、メカニズムをたどれば他の病気にも応用できるということですね。
まとめ:転移性脊髄腫瘍の治療は専門的な医療機関へ
転移性脊髄腫瘍の治療は、全身療法と局所療法のバランスをとりながら、がんの種類や進行度に応じて、それぞれの症例に最適な治療法を選択する必要があります。がんの治療を行う際には放射線治療や化学療法や手術など、幅広い治療方法を総合的に選択できる医療機関へ受診してみてください。
【参考文献】
1) 骨転移診療ガイドライン 編集 日本臨床腫瘍学会
http://minds4.jcqhc.or.jp/minds/bone_metastasis/bone_metastasis.pdf
2) 脊椎手術.com 第9回 転移性脊椎腫瘍
https://www.sekitsui.com/specialist/sp009-html/