目次
1.目的と背景
腰痛診断の流れを実際の診察を通して解き明かしていく。
患者は21歳女性で、側弯症に伴う姿勢の悪さや腰痛の悩みがあり来院した。
若年性特発性側弯症は、脊椎のCobb角が10度以上で、椎体の回旋を伴うことを特徴とする。一般に骨成熟に伴い進行すると考えられていたが、骨成熟後はメジャーカーブの進行を決める因子として、カーブパターン、骨成熟時のCobb角、バランス、椎体回旋が関わるとされている。近年の研究では、すべてのカーブパターンで骨成熟後も緩やかな進行があるが、骨成熟時のCobb角の大きさに比例し、特に胸椎カーブは他のカーブパターンよりも進行が早い傾向にあり、概ね年間I度のペースであることが示されている。また、進行の原因としては、カーブが大きくなることによって重力の影響でバランスの不均衡が大きくなることによると考えられている。更に、椎体回旋の増加とCobb角の増加も比例関係にあり、特に椎体回旋は後弯変形と関連があると考えられている。
合併症としては、心肺機能の低下や腰痛などが知られている。心肺機能はカーブの大きさと強く関連し、100度を超えると可能性が高くなるとされている。カーブが増加することで椎体回旋の増悪、胸郭の変形と可動域の低下、肺換気量、吸気筋力の低下などが生じ、これが肺高血圧、右心不全につながると考えられている。また、腰痛に関しては、脊椎の湾曲により筋肉が緊張しやすくなり、頻度が健常者の2倍ほどに発生することが示されているが、カーブの重症度との関連性は認められていない。
このように側弯症のカーブの是正や椎体回旋の進行を食い止めることは側弯症の増悪や合併症の出現を防ぐために大変重要である。今回は、側弯症によって左右のバランスの不均衡が生じた体の使い方の癖を直し正しく使えるようにすることで、重力の影響をなるべく防ぎ側弯症の進行を食い止めたり、体の使い方により痛みが出ている症状の改善をしたりすることを目指す。
2.ヒアリングと現状確認
問診により腰痛誘発動作や疼痛部位、特徴を把握することは、腰痛の病態を認識するのに有用とされている。例えば、前屈が辛い場合には椎間板障害を疑い、後屈が辛い場合には椎間関節障害を疑うことができる。症状と過去の治療についてヒアリングで確認し、腰痛が出る機序の推察や認識の違いの把握、治療のゴールの設定を行った。
成田先生: 現在、どのような点に一番悩んでいますか?
患者:側弯症の影響で、姿勢が悪くなり、痛みが出ることが多いです。
成田先生: 痛みはいつも同じ場所に出ますか?どのあたりが痛みますか?
患者: T12あたりが痛みます。同じ姿勢を長時間取ったり、一方で荷物を持ち続けたりすると、痛みが出やすいです。それに加えて、痛みをかばうためか反り腰になり、腰の下の方や肩の方にも痛みが出ることがあります。
成田先生:痛みは最近急に出たものではなく、長年の経過の中で少しずつ出てきましたか?
患者:そうですね。痛みが長く続いています。
成田先生: これまでに何か治療はされましたか?
患者: 小学生の頃に整形外科で診察を受け、コルセットを作ってもらいましたが、長く続きませんでした。中学生の頃には通院もやめてしまいました。たまに整体に通っています。
成田先生:根本的な治療というよりも、対症療法で対処してきたということですね。症状の進行は感じていますか?
患者: 中学生の頃、身長が徐々に止まった頃から症状の進行は止まったように感じます。
3.身体の状態の確認
問診と同様に、前屈・後屈・側屈・回旋の動作時に脊柱の可動性や疼痛誘発の有無を見ることによって、腰痛の病態が推察できる。本患者は運動による腰痛の再現はなかったが、側弯の程度の確認や身体の使い方に癖があることを確認した。
- 動作チェックと評価:
- 身体の使い方の癖の確認: 左右に体をずらし上から力を加え、右と左の筋肉の使い方の違いや、特定の時の動作筋力の入り方に偏りがあることを確認した。
4.問題点の把握
足の上げ方、体幹の使い方、腕の上げ方において使い方の癖を把握した。
動作①腹臥位で片足ずつ上げ、足の使い方の癖を見る
動作②仰臥位で片方の肘を支点にしてもう片方の手で(成田先生の)手を押すようにして起き上がり、体幹の使い方の癖を見る
動作③側臥位の状態で上にある腕を引っ張ることで肩の動きを見る
動作④座位で片手ずつ上げ、前方からと後方からそれぞれ力を加え、肩の動きを見る
動作⑤腹臥位で片手ずつ上げることで肩の動きを見る
5.改善に向けた提案
モーターコントロール(体の動かし方)を変えることを目指し、体の癖を直して正しい体の使い方を学ぶ。体の回旋を止める練習、左右差を改善する練習、肩甲骨の可動域を上げる練習をする。
①腹横筋の収縮により体幹を安定させる
②内外腹斜筋を鍛え、体幹の回旋運動を練習する
①②の動きのあとに左手を進展させ左に側屈する動きで治療効果を確認した。エクササイズ前は上から力を加えられたときに体勢を崩していたが、治療後は脊椎のカーブが緩やかになったことで重心の位置が変わり、体勢を保つことができるようになった。
③肩甲骨の内転の動きを練習する
③の動きのあとに右手を上げて前後方向から力を加える動作により治療効果を確認した。エクササイズ前は肩甲骨がうまく使えずに力が入らなかったり、体勢も不安定であったが、治療後はどちらも改善した。
④側屈の動きをしようとすると回旋の動きが入ってしまい、きちんと胸郭を広げられないことが多い。逆向きに回旋を加えることを意識するときちんと胸郭を広げられる。
6.考察
体幹部の筋肉の重要性について
脊柱を支持して安定した運動を行わせるためには、体幹筋の筋力とその収縮タイミングが調整された動きが必要になる。筋肉が遠心性に収縮する時には、筋膜や腱、骨付着部に伸長力が作用し損傷発生につながると言われており、今回は脊柱起立筋の過活動によって背部に痛みが出ていたものだと考えられる。
体幹部の筋群には、腰椎に直接付着部を持つ体幹深部筋と腰椎に付着せずに胸郭と骨盤を連結する浅層筋がある。深層筋には腹横筋、多裂筋、腰方形金、大腰筋があり、戦争には脊柱起立筋、腹直筋、外腹斜筋がある。これらの筋肉が腰椎から左右に付着し、特に腹横筋の収縮により緊張が増し、腰椎が安定する。そのため、ドローインを行い腹横筋の収縮により体幹が安定し、骨盤の前傾が改善されることで、四肢の運動を効果的にすることができた。体幹深部筋の活動は脊柱骨盤の安定性を高め四肢の運動を効果的にすると考えられている。ドローインを行うことで脊柱起立筋の筋活動が抑制されて大殿筋の筋活動が高まった。
また、今回は5分10分の短い時間のトレーニングをしただけで、顕著に姿勢を改善することができた。深部筋を鍛えるためには強度なトレーニングは必要なく、浅層筋の収縮を抑えることが重要で、これが四肢の運動を効果的にすることに繋がることを実感した。個々に存在する身体の癖や筋肉の使い方を一元的に管理することは難しいが、一旦自身の癖を理解することができれば体の機能を大きく変容できる可能性を感じた。
7.結語
自身の身体の癖を把握し、体幹を安定させることで姿勢を改善させることができる。上記の運動を続けることで長期的な体の機能の変化を見ることが大切である。今後、自身の癖や筋肉の使い方を把握する方法を見つけることができれば、より容易な腰痛改善につながると考えられる。
参考文献
吉田篤弘, 思春期特発性側弯症の長期の自然経過, J. Spine Res. 12: 1278-1286, 2021
金岡恒治, 腰痛のプライマリケア, 文光堂, 2019